俳優や歌手で活躍中の高橋克典(たかはしかつのり)さん。
実は、両親は音楽家で実家はお金持ちと噂されています。
子供の頃の教育がどのようなものだったのかも気になりますね。
今回は、
- 高橋克典の“音楽一家”伝説は本当?父・母のすごすぎる経歴
- 音楽一家に育った高橋克典の子供時代と教育環境
- 「育ちの良さ」は両親譲り!今に活きる教えとは?
気になるこれらについて調べてみました。
それでは、一緒に見ていきましょう♪
Contents
高橋克典の“音楽一家”伝説は本当?父・母のすごすぎる経歴
高橋克典さんは音楽一家で育ったという伝説は本当なのでしょうか?
ご両親の音楽家としての経歴を調べてみました!
父・高橋勝司さんは大学教授&指揮者!音楽界の重鎮だった
父親の高橋勝司(たかはしかつし)さんは、北秋田市ゆかりの音楽家です。
すでに、2006年3月13日に閉塞性動脈硬化症のため、横浜市内の病院で亡くなっています。
秋田師範学校卒業後特攻隊員となり、あと数人で出撃を迎えたとき終戦になり生きて戦後を迎えました。
戦後に音楽を学び、横浜市立南高等学校に赴任しています。
昭和39年には、「横浜YMCA混声合唱団」の指揮者に就任、平成元年には、当時の東ベルリンで労音合唱長として、ベルリン放送交響楽団と共演しています。
音楽家や指揮者として数々の活躍を続けた高橋勝司さん。
平成9年に音楽活動での地域貢献が評価され、横浜市教育委員会表彰されました。
2025年6月19日の高橋克典さんの公式ブログでは、亡き父への想いが綴られています。
母・高橋好子さんも声楽家!国内外で活躍した実力派
母親の高橋好子(旧姓:角田好子)さんは、芸大卒業の声楽家です。
青山学院女子短期大学・名誉教授を務めました。
2019年10月に89歳で亡くなったことを、高橋克典さんが公式ブログで明かしています。
母親想いの高橋克典さん。
高橋克典さんは母との親子関係をブログで度々語っており、深い絆が伝わってきます。
両親は音楽教育に熱心!家庭内でもクラシック三昧の毎日
両親が音楽家ということから、幼少期から熱心な音楽教育を受けていた高橋克典さん。
3歳からピアノの英才教育を受けるなど、まさにクラシック三昧の家庭ですね。
音楽一家に育った高橋克典の子供時代と教育環境
音楽一家に育った高橋克典さん。
子供時代はどのように過ごしていたのでしょうか。
「家にはピアノが2台」音楽が息づく生活
ご両親が音楽家だった高橋克典さん。
ピアノは欠かすことができない存在で、実家にはピアノ2台が設置されていたと噂されています。
母の好子さんが亡くなった際に、実家のピアノを自宅に運ぼうと決意したと語っています。
「実家に帰って、ピアノを業者の人に運び出してもらう時に、初めて胸の奥から涙が出たんですね。
(中略)自分なりにはやったかなと思っても、『こうすれば良かった、ああしてやれば良かった』と、絞り出すように涙が出てきて、1人で謝りましたね。家で」と打ち明けた。
出典:スポニチアネックス
ピアノにはご両親との深い思い出が詰まっていたとことがわかります。
青山学院初等部からエスカレーター式で進学した理由
高橋克典さんの学歴は以下の通りです。
- 青山学院初等部
- 青山学院中等部・高等部卒業
- 青山学院大学経営学部中退
ちなみに、中学・高校時代はラグビー部に所属するなどスポーツにも励んでいました。
青山学院初等部からエスカレーター式で進学した理由を、ご本人は特に明かしていません。
しかし、一般的にエスカレーター式で進学するのには、以下のようなメリットがあります。
- 高校や大学受験の負担が軽減される
- 一貫した教育で学業に集中できる
- 環境変化が少ない
- 友人関係が維持できる
- 学業以外の活動に時間をとれる
ご両親も、こうしたメリットを考慮してエスカレーター式を選んだのかもしれませんね。
知られざる幼少期の家庭崩壊
裕福なお坊ちゃま育ちというイメージの高橋克典さん。
しかし、実際には幼少期に家庭崩壊し、経済的にも困窮していたのだそうです。
家庭崩壊のきっかけは、祖父が知り合いの保証人になり、裏切られたことでした。
小学校3年のある朝、僕が起きたら、親たちが神妙な顔で話をしていた。聞いたら『もううちには1銭もお金がなくなっちゃった』って。大変なことになったなと
出典:Smart FLASH
さらにその1年後には祖父が脳溢血に、続いて祖母ががんになるなど不幸が続きました。
ご両親は働きづめとなり、いわゆる「鍵っ子」状態だったとのことです。
現在、自分の家庭をとても大切にしているという高橋克典さん。
つらい幼少期の経験が、家族愛の原点となりました。
「育ちの良さ」は両親譲り!今に活きる教えとは?
どんな役柄でも、育ちの良さ品の良さが感じられる高橋克典さん。
ご両親の教えは、どのようなものだったのでしょうか。
父の背中を見て学んだ“表現者としての信念”
父・勝司さんは特攻隊員から音楽家へと転身し、音楽教師として地域の音楽文化の発展に尽力しました。
この父の姿から、高橋克典さんは困難な状況でも諦めず、自分の信じる道を貫く「表現者としての信念」を学んだのではないでしょうか。
俳優として見せる豊かな表現力と真摯な姿勢は、まさに父から受け継いだものと言えるでしょう。
母から受け継いだ“美しさと人との接し方”
母・好子さんは長期間に渡り青山学院女子短期大学で教鞭を執り、教育者・声楽家として常に優雅で品格のある立ち振る舞いをしていたと考えられます。
高橋克典さんも母の姿から「美しさと人との接し方」を学んだのではないでしょうか。
ファンやスタッフへの丁寧な対応、共演者への敬意ある態度など、内面から滲み出る品格は、母から受け継いだものなのかもしれません。
「音楽と人間力」を両親からしっかりと受け継いでいた
困難な時期を経験しながらも、音楽への愛を失わず、教育と表現の道を貫いた両親。
その背中を見て育った高橋克典さんは、俳優として、時には音楽家として、多くの人々に感動を与え続けています。
高橋克典の両親(父・母)は音楽家!実家は横浜でお金持ちのセレブって本当?のまとめ
今回は俳優・歌手として活躍を続ける高橋克典さんのご両親や幼少時の教育などを調べてみました。
高橋克典の“音楽一家”伝説は本当?父・母のすごすぎる経歴
音楽一家に育った高橋克典の子供時代と教育環境
「育ちの良さ」は両親譲り!今に活きる教えとは?
これらについてのまとめです。
- 父親は音楽家で指揮者の高橋勝司
- 母親は声楽家の高橋好子
- 高橋克典は3歳からピアノの英才教育を受けている
- 幼少期に家庭崩壊の経験を持つ
- 育ちの良さや表現力は両親譲り
素晴らしいご両親に恵まれた高橋克典さん。
真摯な姿勢は、ご両親から受け継いだものだと考えられます。
高橋克典さんの今後の活躍がますます楽しみです。





